意見がコロコロ変わることは悪いこと?
先日、ちきりんさんの新書「自分の意見で生きていこう」の創刊セミナーに参加した際、とある方から「意見がコロコロ変わることは悪いことですか?」といった趣旨の質問が上がっていました。
意見は確かにコロコロ変わりますよね。これって、誰しも経験のある事だと思いますが、なんか「良くないこと」に感じていませんでしたか?少なくても私はそうでした。
ところがちきりんさんの回答は「意見がコロコロ変わる事は悪いことではない。わたしもコロコロ変わっている」と。そして意見がコロコロ変わることは悪くないけど、「振れること」は良くないともおっしゃっていました。
これは私にとって新しい概念でした。
私の理解はこんな感じでした。
コロコロ:思考の軌跡がある。
振れる:思考の軌跡がない。
ちきりんさんはご著書の中で、意見に正しいも間違いもない。情報がないと意見を言えないということもない。と述べておられますが、私は意見がコロコロ変わることを悪いと感じることと、情報がないと意見が言えないことには関係性があると思いました。
情報は常に更新される。
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情報が更新されると意見が変わることもある。
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意見がコロコロ変わることは悪いことだから、その時点での意見が言えない。
このループに陥って、今の自分の意見をいつまでたっても言えないのではないかと。
いつまでたっても自分の意見がないということは、その人が他者に認識されることもないですからね。。。
そういえば、昔、上岡龍太郎さんが、「意見が変わることは進歩である」とかいって、
タバコを吸い続けると宣言していたのに急に辞めたり、
マラソンやゴルフを否定していたのに、ホノルルマラソンで出たりアメリカでゴルフのプロテスト受けたりしてて笑わせてくれたな。。
意見が変わることは進歩である!